府中・郷土の森博物館に行ったこのときに決めていた。
http://ei8at12so.seesaa.net/article/115033132.html
5月3日から6日朝まで行われる、大國魂神社の例大祭。
見所はたくさんあるが、今回は4日午後6時からの山車行列を見に行くことにした。
その前に清志郎を悼むため、多摩蘭坂へ向かおうと思っていた。
RCサクセション、1981年のアルバム『BLUE』収録の名曲『多摩蘭坂』。
国立〜国分寺に実在するこの坂、元々は「たまらん坂」で、
東京商科大学(一橋大の前身)に自転車通学する学生が、
「この坂きつくてタマラン」と口走ったことから名付けられたそうだ。
「多摩蘭坂」の当て字は清志郎によるもののようだ。
清志郎はこの坂の界隈に下宿していた頃があるということで、
歌詞にも、
「多摩蘭坂を登り切る手前の坂の途中の家を借りて住んでる」
とある。
都合の良いことに国立発・府中行きのバスがこの坂を通り、「多摩蘭坂」バス停もある。
国立駅から歩いて行って、それからバスで府中へ行こう。
国立へは普通に考えたら新宿からJR中央線だが、調べてみると、
初台から京王線、井の頭線経由で吉祥寺からJRでも電車賃は同じ。
そのルートで行くことにした。α700持ってウチを出る。
初台駅から明大前、そこから吉祥寺。京王線も井の頭線も運良く急行が来た。
吉祥寺から高尾行き。西へ真っ直ぐ。
国立駅南口から南東にのびる旭通りを行く。
道なりに進み、東へと方向が変わったあたりで上り坂が見えてきた。

坂の途中に碑。
ここでは平仮名の「たまらん坂」。
清志郎を偲ぶファンからのお花や供え物が集まる。


坂の上から。

ここに集まる悲しい思いは背負っていき、祭りの場で解き放とう。
府中に向かうべく、坂の上にある停留所でバスを待つ。

バスは都立府中病院に寄ってから東へ。
府中街道に入ってからはJR武蔵野線と平行して南へ。
東芝の工場がある北府中を過ぎ、市民球場から東へ。
けやき並木を南へ行けば甲州街道。
そこから先のけやき並木は祭礼のため既に通行止め。
甲州街道ちょっと進んで右折で終点、府中駅前。
祭りで賑わうけやき並木へ。

八幡太郎、源義家。

時刻は午後5時半頃。山車行列が始まるまでは30分くらい。
重々しい太鼓の音が聞こえる。
けやき並木を南へ。大國魂神社に向かって行く。
大國魂神社境内前を横切る旧甲州街道で行われている「太鼓の饗演」。
皮面直径2mにも及ぶものもある日本最大級の大太鼓が、
いくつも出て、打ち鳴らされ街中に響き渡る。


しばし眺め、大太鼓の響きに身を委ねた後、参拝へ。
ちょっと迂回して旧甲州街道を渡り、両脇に露天が並ぶ参道へ。
見物しながらのんびり歩いていたら、
饗演を終えた大太鼓が引っ張られて参道に入ってきた。
それも進みながらもバットみたいなバチで打ち鳴らされながら。
危なーい! でもこれぞ、祭り!

参道を北から南へ。珍しく北向きの神社。
源義家が奥州合戦に赴く際、北向きに改めさせたという。
参拝。

参道を引き返し、旧甲州街道まで戻ると午後6時過ぎ。
山車行列が始まっていた。
各町ごとに山車が氏子衆に引かれ、旧甲州街道を西から東、東から西へと行き交う。
笛、太鼓、鐘のお囃子に合わせ、獅子、狐、オカメ、ヒョットコが舞う。
一大プレゼンテーション。







東西に練り進んでいた山車はいつの間にやら北のほうへ。
1台ずつ、けやき並木を進み大鳥居の前まで来て渾身のパフォーマンスを奉納。
ああ、感動した。
次の日はいよいよクライマックスの神事、神輿渡御。
今年はムリだったけど、来年は見たいなあ。
いつしか日は暮れ、8時前。
山車行列はまだ続くが、約束の時間が迫ってきたので、府中駅へ。
電車乗って調布へ。いつものメンバーで飲み会。
台北飯店。
なんて濃ーーい1日!





最後の写真、格好いいですね!
この前日(後ほど記事にします)とこの日、
ホント久々にα700持って出ました。
「写真館」のネタ2つできました。
お楽しみに。
とはいえ、キヨシローは急だったから、仕方ないか。
大太鼓の側面には、なにやら書き込み(彫り込み?)があるようだな。
代々木上原の自宅前〜多摩蘭坂〜昨日の青山斎場脇で清志郎追悼ツアー終了。
お祭りの写真も「写真館」に載せる予定なんで太鼓ももっと写ってるかも。