道は谷底へと続く。

つりがね池公園の入口。

池へ。赤い祠はやはり弁天様。

伝説によると、近くにお寺があり、他教との争いのあげく僧が寺の鐘を被ってこの池に身を投げたか、あるいは、日照りで農民が困ったとき、これを救おうと僧が釣鐘を抱いて池に身を沈めたところ、たちまち大雨が降った、などといいつたえ、それ以来「釣鐘池」と呼ばれるようになったという。
世田谷区教育委員会の解説より。
釣鐘絡みということで、紀州・道成寺のことを思い出す。

池の西の端から水が落ち、

流れる先は暗渠。

回り込んで行くとすぐに開渠となっていた。

流れを辿って行く前に、庵魚堂さんから教えてもらった、神明社御旅所を見る。
http://ei8at12so.seesaa.net/article/161320228.html (コメント欄)
前の記事の祖師谷・神明社の御旅所。
御旅所(おたびしょ)とは、神社の祭礼(神幸祭)において神(一般には神体を乗せた神輿)が巡幸の途中で休憩または宿泊する場所、或いは神幸の目的地をさす。巡幸の道中に複数箇所設けられることもある。御旅所に神輿が着くと御旅所祭が執り行われる。
御旅所には神社や祭神にまつわる場所や氏子地域にとって重要な場所が選ばれている。元宮、摂末社や配偶神を祀る神社などのような社殿があるもののほか、元の鎮座地などに臨時の祭殿を設けたり、氏子の代表(頭人)の家に迎える場合などがある。
Wikiより。
この祠は庚申塔のようだ。

木の杭に張られた針金で囲まれ、入口にはロープが張られている。
(庵魚堂さん、針金フェンスの記憶は間違ってなかったですよ)
結構広い敷地の中に、ポツンと小さな鳥居と祠。なんか不思議。

仙川を目指し南へ。
つりがね池からの流れは再び暗渠となる。

そこにあった世田谷区コミュニティバスの停留所。
他に名前付けようなかったんだろうね。
次の「パンダ公園」ってちょっと気になった。

うーん、暗渠っぽいね。

ホントはもうひとつ池からの流れが暗渠になってるところがあったようだけど、
見落としてしまったらしい。
ストリートビューで見たら広ーい空き地があったが、
そこで野村不動産が新築住宅、ガンガン建ててる最中であった。
うーん、まさしく暗渠。

「半私道」って何?

ほんの僅かだけ車止めでふさがれた区間を過ぎると、

仙川に至る。

奥のほう、土が盛ってあるのが見える。ココにも住宅建設するのだろうか。

仙川に架かる大石橋を渡ってすぐ、観世音堂がある。

ココも地図を見てて見つけた。
「観世音堂」としか書いてないので、寺ではないのかと気になった。
由緒書を読むと、
承應3年(1654)祖師谷村信徒一同の請願に依り起立されたもの、だそうだ。
その後、同村安穏寺の住職により修復、とも。
安穏寺を探したら、ちょっと離れた、祖師谷公園の北東にあった。
そのうち行ってみようかな。
で、ココには観世音堂だけではなく薬師堂もある。
寺はなく、お堂だけっていうのは珍しい気もするが、田舎では結構あることかも。
世田谷とはいえ、そんな田舎の雰囲気を保ってるのが良いではないか。
石仏群。

脇に石段があって、鳥居が見えた。

奥には正体不明の小さな祠があった。
仙川沿いに歩いて駅を目指す。
しばらく行って、あ、「祖師堂」を見に行ってなかった、と思い出す。
やはり大石橋近く、観世音堂とは反対岸にあるのを地図で見つけていたのだが、
正確な位置を覚えて来てなかった。まあ、いいか…。
また歩きながら、ふと思った。
「祖師堂」の「祖師」は「祖師谷」の「祖師」だなあ。
うわわ、今頃気がついたよ。
じゃあ、「祖師堂」はこの辺りではかなり重要なものなのかも。
「祖師」っていうのはまあ「開祖」の意なんだけど、
日本の仏教ではだいたい日蓮宗で使われてる言葉のようだ。
杉並、堀之内妙法寺にも立派な祖師堂があった。
http://ei8at12so.seesaa.net/article/131721090.html
また来ないとね。
成城学園前駅から帰宅。




