2010年12月19日

12月15日の行動 その2 新宿6丁目の路地〜余丁町、出世稲荷神社〜河田町、東京女子医大

西向天神社から東へ。
新宿6丁目の路地。
うーん、塀、門扉、潅木、すべて愛おしい。

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電灯だったのだろうか。

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突き当たりは商店街であった。この通りは新宿6丁目と富久町の境界になっている。

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ぷらぷら歩きながら、新宿6丁目側の路地に入っていく。

名車ストラトキャスター?

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扉。

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マチスの絵みたいな扉、ハーレー。

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塀。

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街灯、低い。

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商店街に戻る。

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仕舞屋もチラホラ。

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日蓮宗法善寺。するってぇと、この通り、法善寺横町?
♪包丁一本さらしにまいて〜♪

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山門脇にこんな立て札。
ちょっとちょっと、文化財の説明文が読めないじゃない。

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しかし「山門不幸」ってなんだろう?
帰宅後調べたところ、住職が亡くなったことのお知らせだそうだ。
「身内に不幸があって」とかはよく使う表現だが、とても世俗的な感じがする。
死の恐怖をも克服せんとする宗教においては馴染まないと思うのだが、
いつ頃から使われてる言葉なのだろうか。
「入寂」とか「遷化」とかじゃダメなんだろうか。

さらに商店街を進む。
「ビタワン」の看板が残ってるのでペット関連ショップだったと思われるが、

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今は貸しギャラリーみたいになっている。

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前の記事で訪れた専福寺の外塀。

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近所の小学生に描かせたのかな、とも思ったが、
どうも子供の手によるものには見えない。

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法善寺横町ではなく「まねき通り」であった。

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抜弁天から曙橋へ続く通りに出る。
渡ってまた路地へ。余丁町。

階段、階段、階段。

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妙な空き地集合地帯。

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進んでいくと出世稲荷神社。
出世したい人はこの脇の坂道上って来るべきかな。
でもココ、裏口だけどね。

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僕は過去2回ほど出世したことあるけど、もうコリゴリ。
なので、もう出世はしないで済みますようにとお願い。

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ココ、児童遊園と一体化してるんで、ガキどもが走り回ってる。
namaさんの最近のこの記事で、
http://kaeru.moe-nifty.com/ankyo/2010/12/post-c4fe.html
気にされていた「でっぱり」はその児童遊園のモノ。

で、先程の坂を下りれば、namaさんも歩いた紅葉川川田窪支流(仮)跡の道。
と言ってもこの時点ではそんなこと知らないのだが。
偶然namaさんとカブった写真、以後いくつか。
で、僕はこの階段を上がっていった。

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東京都視覚障害者生活支援センターというのがある。
その敷地から眺めると、谷底の道を挟んで、ここの空き地と、
先程の妙な空き地集合地帯が一直線に続いている。
一緒に開発するつもりだろうか。もしかして道路用地とか。

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で、隣に見えていた渋い建物はなんじゃらほい。
おお、これが話しに聞いていた小笠原伯爵邸のお店かあ。

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大江戸線若松河田駅の上を歩いていく。
喫茶「ラテン区」。カルチェラタンを訳しちゃったよ。

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で、東京女子医大へと向かう。
病院の食堂でメシ食いながら、
ココの現役学生「りこ」さんが貸してくれた「もやしもん」読もうと思っていた。

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ちなみに「りこ」さんは、
文化女子大の文化祭のときに世話になった「のゆ」さんとも仲良し。
http://ei8at12so.seesaa.net/article/168379186.html
なんで僕が知り合いなのか。女子大生パブに入り浸ってるわけでは決してない。

真新しい総合外来センターへズカズカ入っていき、3Fへ。
そこにあったレストランは日比谷松本楼であった。
高いのでヤメ。退散。

病院の中、やっぱり空気が悪い感じ。
それこそ「もやしもん」みたいに菌が見えたら、怖いねえ。
5日たっても異常ないので、院内感染はしなかったようだ。

大学の校舎脇を通ったらバンド練習の音が聞こえてきた。
病院の隣で、ねえ。

病院一号棟。古そう。

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新宿帰ってからなんか食べることにしようと、駅へ。
posted by えいはち at 13:46| Comment(6) | TrackBack(0) | 行動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
道路用地でいいんじゃないですかねえ?でも、ここにつくる意味はあまりわからないのですけど。
ttp://www.geocities.jp/tokyoroadconstruction/circular4_2.html
Posted by nama at 2010年12月20日 17:40
河田町といえば、かつてはフジテレビの代名詞でしたね。最近の若い人はお台場しか知らないかも。
日テレの代名詞も麹町から汐留になっちゃったし。
Posted by リバーサイド at 2010年12月20日 21:09
空き地の脇の素朴な階段がいいなあ、と思って拝見していましたが、よくよく思い出してみると、ここ行ったことがあることに気がつきました。
登ってはみませんでしたが、キワでその階段の写真を撮っていました。
今年の1月。
それを見ると、階段脇は今と同じ状態ですが、上にはまだ住宅が健在でしたね。
全く空き地じゃありませんでした。

あと、写真を見返していて気がついたのですが、児童遊園で休憩して出世稲荷の写真なんか撮っていました。
Posted by 猫またぎ at 2010年12月20日 21:22
namaさん、
ふーむ、抜弁天〜曙橋の道とX字形に交差する感じかな。
川田窪支流(仮)跡には橋を架けるつもりでしょうか。

リバーサイドさん、
当時の「ひょうきん族」で、のりお師匠が大暴れした後、
「さあ、東京女子医大病院へ帰ろう」って言ったのが可笑しくて可笑しくて、忘れられません。

猫またぎさん、
ホントにあなたには「未踏の地」ってあるんですか?
そのうちどこかの出版社からオファーがあるかも。
そしたらなんかおごってもらおうかな。
Posted by えいはち at 2010年12月22日 18:59
んなわけないじゃないですか、えいはちさん。
未踏のところだらけです。
まだ歩きを始めて数年ですからね。
Posted by 猫またぎ at 2010年12月24日 09:37
おや、そうすか。
じゃあまだまだ新発見アリですね。
いやー、世の中なんか暗いけど、
我々人生楽しいっすねー。
Posted by えいはち at 2010年12月26日 11:18
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