なにしろデビュー以来25年で5本しか撮ってない。
最新作である「埋もれ木」も、前作「眠る男」から9年ぶりの作品。
5本しか作品がないのに、初期2作品はまだ見ていない。
マルセ太郎が映画まるごと一本語る芸にしたほどの不朽の名作「泥の河」、
南果歩のデビュー作となった「伽耶子のために」
(耶の字はホントはニンベンがつく)。
DVDボックス買って見たいけど高くてねえ…。
1996年の公開時に「眠る男」を岩波ホールで見て、
こんな映画を撮る監督が同時代の同じ国にいたということに衝撃を受けた。
そしてビデオ屋でカンヌ映画祭グランプリ作「死の棘」を借りて見て、またも衝撃。
かくして小栗康平監督は、僕が世界で最も敬愛する映画作家のひとりとなった。
ちなみに僕が世界で最も敬愛する映画作家というのは他に、
ロベール・ブレッソン、
アンドレイ・タルコフスキー、
テオ・アンゲロプロス、
小津安二郎。
上の4人のうちでは小栗監督の作風はタルコフスキー、アンゲロプロスと近いと思う。
「こっち」と「あっち」を映画という魔法を使い自由に行き来する。
「こっち」は現実であったり、俗であったり、生であったり。
「あっち」は幻想であったり、聖であったり、死であったり。
2005年の公開時に渋谷シネマライズで初見し、
今回、東京国立博物館、仏像展の特別企画で再見した「埋もれ木」。
やはり「こっち」と「あっち」の行き来は顕著だ。
そしてさざ波のように繊細だ。
うたかたのように表れては消える物語の断片。
通俗な被造物をも聖なるものに見せてしまう奇跡のような撮影。
ラスト。
数千年ぶりに顕れた古代林と人々の祭りが融合し大団円を迎える。
コトバが、モノが、場の力によって聖性を帯びていくのが、
スクリーンから伝わってくるようだ。感動。
この感動のまま、仏像の名品を見れる喜び。
企画した人に感謝!




