テリー・ギリアム監督の傑作「未来世紀ブラジル」、
また、ジョージ・オーウェル原作の「1984」など。
いずれもSFの形態をとっているが、
この「善き人のためのソナタ」は
つい十数年ほど前まで現実に存在した、
ドイツ民主共和国(東独)が舞台である。
国家保安省、秘密警察シュタージにより、
反体制思想の疑いを持たれた劇作家と
その恋人の女優が盗聴、監視される。
担当したシュタージの大尉は、冷徹に任務を遂行していくが、
彼らの生活を覗き見るうちに次第に心を動かされていく。
予告編を見たときには、
芸術家vs秘密警察という構図を鮮明にしたうえで、
芸術論、人生論、恋愛論など「コトバ」の力によって、
国家主義者の心が変遷していくのかな、と思って見ていた。
その要素も多分にあるのだが、「コトバ」よりもむしろ、
前面に出ていたのは人の「温もり」だと感じた。
大尉は劇作家らの留守中に彼らの部屋に忍び込み、
ベッドの横で佇み、ものおもいにふける。
劇作家と女優の愛の巣。
部屋の主は不在で、招かれざる部外者がひとり。
そんな画にも係わらず不思議と体温が伝わってくる。
もちろん大尉もそれを感じて部屋を後にしたことだろう。
大尉はその部屋からブレヒトの詩集をくすねて行き、
読みふけるが、任務は遂行しようとする。
部屋に戻った劇作家は、
国家によりホサれ続けた演出家である親友が自殺したと聞かされ、
慟哭の思いをピアノ演奏で吐露する。
奏でられたのは「善き人のためのソナタ」。
盗聴器を通じてその曲を耳にした大尉はついに…。
全編からヒューマンな温もりが伝わってくる作品である。
一応敵役であるシュタージの面々もかなり人間臭く描かれている。
シュタージの食堂でランチタイムに
ホーネッカー議長ネタのジョークを仲間に披露する若い職員と
それを横で聞いてた大尉の上司のやりとりなど怖くて面白い。
蛇足ながら、劇作家の恋人の女優は
太っちょの大臣に無理矢理抱かれちゃうんだけど、
この女優の風貌が、ホーネッカーの愛人なんて噂もあった
カタリーナ・ビットっぽくもあり思わずニヤリ。
映画はひとつの悲しい事故でクライマックスを迎える。
これも国家的スケールではなく、
人の「身の丈にあった」(と言ったらおかしいが)事件である。
ただ、この瞬間に我々は、そうならざるを得ない状況を作った、
この非人間的監視国家のシステムに対し憤怒を憶え、
翻弄されてしまうひとりひとりの、
体温を持った人々に対し同情を禁じえない。
芸術家にはもちろん、秘密警察に対してさえも。
このクライマックスの後の後日談的な部分が少々長いかなとも
最初は思ったが、それにより作品の奥行きがさらに広がった。
そして静かで、感動的なラストシーン。
ヘルツォークが「ドイツ史上最も素晴らしい」と絶賛、
外国語映画賞でオスカー獲得、
それらも当然の傑作だと思う。
あえて苦言を呈するならタイトル。
原題を直訳すると「他人の生活」。
邦題の「善き人のためのソナタ」は前述のピアノ曲だけではなく
形を変えて再登場する重要なモチーフ。
これをタイトルにしたほうが良かったのに。
そのあたり欧米人って割と無頓着だよね。
* * *
1989年、ベルリンの壁崩壊。その前後のことを思い出す。
ゴルバチョフが登場し、時代がうねり始めた。
東独の党大会に招かれ、
ホーネッカーの旧態依然としたガジガジの社会主義礼賛のあとで、
古い考えとは決別すべきだと説いたゴルバチョフの姿を
ニュースで見て、スゴイことだと思った。
ほどなくホーネッカーは失脚。
東欧諸国の共産体制はドミノのように倒れ、
なんとソ連までなくなっちゃうんだから、
世の中なにが起こるかわからんねえ。
映画好きの「北の将軍サマ」にもぜひ見ていただいて、
独裁国家のアホらしさについてなど、いろいろ考えてほしいと、
強く強く強く思うのであった。
(アカデミー賞だからねえ。もう見ちゃったかもね)
* * *
渋谷シネマライズにて。日曜の最終回は1000円!
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TBありがとうございました。実はアカデミー賞云々よりも、在独の方のブログで映画のことをを知ったのですが、観に行ってよかったと思います。
>タイトル
私は逆に、原題のほうが理にかなっていると思いました。仰るように「ソナタ」は重要なモチーフではありますけど、それが物語の核心ではないと思うので…
でも日本ではこのタイトルのほうが、興味を引く可能性は高いと思います。
こちらからもTBさせて頂きますね。
私のポーランドブログで
こちらの記事を紹介させて頂きましたので
ご連絡させて頂きました。
紹介記事は
http://polandlife.blog81.fc2.com/blog-entry-69.html
です。
これからもよろしくお願いいたします^^
ブログ拝見させていただきました。
欧州文化にたいへん造詣の深い方のようですね。
タイトルについてのご意見もありがたく思いました。
>原題のほうが理にかなっている
また、
>「ソナタ」は…物語の核心ではない
確かにおっしゃるとおりですね。
洋画の原題と邦題のギャップには驚かされる時が少なくありません。
あるときはクサ過ぎる邦題(「愛」とか「青春」とか付くのは大抵こっち)に気恥ずかしさを覚えたり、またあるときはあまりにもストレート過ぎる原題に唖然とし、邦題の命名者に敬意を覚えたり。映画配給元は単に興行面の成功のために邦題をつけるのでしょうが、前者のケースはともかく、後者のケースの場合は、日本文学の伝統のようなものを感じるときがあります。内容をストレートに表すものではなく、メタファーとなるコトバを持ってくることにより、抒情性を増すような。
ヴァランシエンヌさんにとっては作品の重みに対して邦題が軽すぎるように思われたのも理解できますが、「善き人のためのソナタ」というコトバはたいへん的確なメタファーであると僕は感じた次第です。
こちらからもTBさせていただきますね。
内容ばかりか背景の状況までとても詳しく書かれていて
たいへん参考になりました。タイトルのことですが
やはり今回は邦題に軍配をあげたいと思います。
この作品の叙情性をよく理解した命名であったと・・・。
廃墟徒然草さんのブログで紹介させていただいたことが
こんなに早く分かってしまうのですね! 驚きました(笑)
以前おじゃまして拝見した写真が心に残っていたもので・・・。
ご自身のブログでのご返答のみならず
こちらへもコメントいただき本当にありがとうございます。
たまたま自分のブログのアクセス解析を見ていたら、
TBした憶えのないところからアクセスがあり、
見に行ったらmasktopiaさんのコメントのリンクからと判った次第です。
アクセス解析によって得られる情報は
各ブログサービスの会社によって異なると思いますので、
たまたまです。カラクリというほどのものではありませんのでご安心を。
映画の邦題にはいろんな意見がありますよね。
タルコフスキーの「僕の村は戦場だった」なんて、
素敵なタイトルだと思うんですけど、
原題直訳だと「イヴァンの少年時代」だったりとか。
いろいろ調べてまとめてみると面白いかもしれませんよ。
例えば、月並みなSFって評価が多いながらも
僕が割と好きな「ノイズ」って映画。
ジョニー・デップとシャーリーズ・セロンって美男美女が出て、
なんか画面が普通のハリウッド作品と違って引き締まってるなあ、
と思ったらコダックではなくフジフィルムで撮影されてたんです。
でも原題が「宇宙飛行士の妻」って判ってズッコケました。
そして邦題はコレでいいのかなって思う。最近の邦題みていると、感傷的なタイトルとか感情に訴えたりする傾向にあったり、つけ方がイージーだったり…邦題とかコピーに引きずられた感想なども多いみたい。
本作など、案外と原題に近いそっけなさでも良かったかと…
ただ上のコメントの「僕の村は戦場だった」とか「ノイズ」は邦題の方がより内容に近いですしね。
それから、コメントにあった、今の若い人たちって歴史に対しては疎いかもしれない。教科書問題見てもどんどん削除されているし、社会とか政治に関心もつ土壌が失われているみたい。邦画みてもどんどんぬるま湯的な作品が増えている。ちょっと考えます。
「愛とナントカのナントカ」とかって邦題だけはもう勘弁してって思います。
「アイム・ノット・ゼア」ではディランについて知らない人の多くも、白紙の状態で見て楽しめたようですが、やっぱりある程度、歴史の知識はないといけませんよね。
高校生のころウォーレン・ベイティの「レッズ」を見に行ったのですが、一緒に行った当時の彼女がロシア革命に疎くて、楽しめなかったようです。満喫した僕に対して「アカめ!」なんて言ってました。