ウィーンに行った時のフンデルトヴァッサー建築写真を載せたように、
今回も「善き人のためのソナタ」レポートの後なので、
ベルリンなどの写真から、統一前の様子が垣間見えるものを
載せてみようと思った。
これもウィーンと同様1995年のこと。
実はこのときの旅は
1994年12月〜1995年2月までのちょっと長い旅で、
訪れた国は、イタリア、ヴァチカン、フランス、ベルギー、ドイツ、
チェコ、オーストリア、ハンガリー、ロシア、モンゴル、中国と11カ国。
都市にすると、ローマ、アッシジ、ヴェネツィア、ニース、パリ、リール、
ブリュッセル、ベルリン、ドレスデン、プラハ、ウィーン、ブダペスト、ペーチ、
サンクトペテルブルグ、モスクワ、イルクーツク、ウランバートル、北京。
写真は数千枚あるので載せたいとも思うが、
なにしろすべてフィルムなので、スキャンが大変。
なのでこんな風に、記事と関連するものだけ小出しに載せていこうと思う。
パリから夜行列車で早朝のベルリン、ツォー駅に着く。
U2のアルバムAchtung Babyの1曲目、Zoo Stationのモチーフである。
クーダムの脇道で安ホテル見つけて投宿。
他のヨーロッパの都市と比べると、近代的建物が多く目につく。
敗戦国の本陣。戦争の凄惨さを少なからず体感する。
ティアーガルテンを抜けて6月17日通りへ。
中央分離帯に旧東独の国民車トラバントが乗り捨てられたように停まっている。
ちょうど左側にメルセデスが走ってきた。東西の代表車のツーショット。
彼方には「ベルリン天使の詩」でおなじみの勝利の女神。
旧帝国議会の脇にある、壁を越えようとして犠牲になった人々を悼む十字架。
この帝国議会は現在はリニューアルされて統一ドイツの国会議事堂となって復活。
東ベルリンのテレビ塔。西側からは「アスパラガス」と揶揄されていたそうだ。
ウンターデンリンデン、ブランデンブルグ門方面に向かって歩いて行く。
テレビ塔を見つめるように寄り添う2体の像は誰かというと…、
(フィルムの汚れが落ちなかったのでPhotoshopで処理。ちょと不自然)
マルクス&エンゲルス。後ろの建物は旧東独の政治の中枢、共和国宮殿。
今はどうなっちゃってるんだろう。キレイになくなっちゃってるのかな。
街のところどころに残る壁。
英露仏独4ヶ国語で「この先米国統治地外」。
かつて「チェックポイントチャーリー」と呼ばれた検問所のひとつ。
負の遺物。この脇には壁博物館という展示施設がある。
壁博物館には東側の人がいかにベルリンの壁を越えようとしたか、
トランクを改造した車や気球などが展示されていたと記憶している。
また、展示内容は東西ドイツについてだけにとどまらず
世界中の人権や自由の問題についてもしっかりと触れられている。
そのため、いまだ残る分断国家である韓国人の若者が
多数来場していたのが印象的だった。それに引き換え日本人少なかったー!
人権や自由のため闘った人達、キング牧師、ダライラマ、マザーテレサ…、
そして市民の姿がビデオで流されていた。
その映像に被せられたジョン・レノンのイマジンを耳にした時、涙が溢れた。
ベルリンのあとドレスデンに向かった。
無機的なホテルの部屋から見た無機的な風景。
昔から自由に旅行ができていた西ヨーロッパの国なら
街を歩けばいくらでも安宿は見つかるのに、
旧東独のドレスデンではそうはいかず、
駅前のちょっと高いホテルに泊まらざるを得なかった。
この後行ったチェコとハンガリーが、
やっと獲得した自由にウキウキ気分という空気が溢れていたのに対し、
旧東独地区は「これからどうしよう」という不安で一杯な感じだった。
10年以上経った今、どうなったであろうか。
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ベルリンもドレスデンも、どちらも大好きですが、どちらも21世紀になってから行きました。私が旧東独や東欧、ロシアに興味を持ち始めたのはここ10年ほど(学校を卒業してから何年も後になってからのことです)ですが、学生の時と違って、誰かから強要されて仕方なく…ではなく、初めて自分の意思で興味を持った地域ですし、ただ思い入れが強いというだけで、造詣が深いわけではないです。
写真、楽しませて頂きました。
壁博物館は、一昨年の夏に行きました。入場料は9Eurだったかしら。思ったよりも高いのね、なんて思っていましたが、毎日夜9時まで開館してますし、色んな意味で勉強にもなりました。
壁博物館、9Eurってすごく高いですね。
単位がEurっていうところに時代の流れを感じます。
僕が行った時はもちろんDMでした。
当時持って行ったガイドブックを見たら、
壁博物館は7.5DMでした(1DM約80円)。
今回はDDRっぽい写真に限定しました。
次はいつになるかわかりませんがまた写真載せますので、
たまに見に来てくださいね。