2007年07月16日

「殯の森」

河瀬直美監督がカンヌ映画祭で新人監督賞(カメラドール)を受賞したのが1997年。
その「萌の朱雀」は、奈良の山村のひとつの家族が緩慢に崩壊していく物語であった。
ローカルな舞台でローカルな話。
ローカルを極めることで逆に普遍性を描き出すという、小津的手法。

約10年を経て、カンヌ・グランプリを獲得した今作「殯の森」も舞台は奈良、ローカルである。
しかし今回の物語はローカルではなくユニバース、
宇宙的な広がりを感じさせ、タルコフスキー的。

老人ホームに暮らす、33年前に妻と死別した軽い認知症の老人。
ホームにやってきた新任のヘルパー真千子、彼女は幼い息子と死別している。

老人は子供に返ったように無邪気に行動する。
それに振り回され、時折ひどい目に遭いながらも真千子は、
老人に亡き息子を重ね合わせ、惹かれていったことは容易に想像できる。

そんな二人がある日、出かける。
老人は亡き妻との思い出の品が詰まったリュックを持ち、
真千子の運転する車に乗っていく。
墓参にいくつもりだったのだろうか。
しかし理由あって墓所には行けない。
偶然なのか運命なのか、二人は森へと足を踏み入れる。

右も左も判らない道なき道をひたすら進む。
老人は妻の名を呼ぶ。妻の幻影が現れ二人は森の中で踊る。
老人と妻はこの森と縁があるのだろうか。否、そうは思えない。
この舞台として必要だったのは「どこそこの森」ではなく単なる「森」なのだ。

森の中を進みつつ聖なるものへ近づいて行くということは、
熊野古道をはじめとして、いにしえからある、日本人の祈りの形態の一典型である。

老人はどんどん進んでいってしまう。真千子は必死で追う。
目的地は定まっているのだろうか。その方向は把握しているのだろうか。
これらについても、否であると思う。

降りだした雨に濡れながら、進む。
森の中の小さな川を渡ろうとする老人を、
真千子は「行かんといて!」と絶叫し、必死で止める。
この川は此岸と彼岸を分かつもの。
真千子は永遠の別れを幻視したのだろう。
老人と、同時にそれに重なり合う亡き息子との。

そう、この物語は、亡き妻を葬る老人だけではなく、
老人に亡き息子を重ね合わせ葬る母をも同時に描いているのだ。

神々しい巨木との出会いを経て、
森の中のわずかにぽっかり開いた空間に辿りつき、「儀式」が始まる。
この場所も老人が知っていたとは思えない。
原始宗教的感覚でその場で決めたように思う。
歴史の古い神社の中には本殿も御神体もない所もある。
自然の地形の、目立った所が神の降りる場所となった。それと同じ。

深い森の、さらに深い部分に身を委ね、眠る。
亡き者と残された者、すべての魂が鎮められていく。

此岸と彼岸を自由に行き来しているような映画には、いつも深く感動させられる。
タルコフスキー、アンゲロプロス、小栗康平らの作品。
そんな僕の中の名作群に「殯の森」も加わったのであった。

感動することの源泉、心の中の森をいつまでも大切にしたい。
そのために時々、僕は森へ行き、エッセンスを心の中に供給して新鮮さを保つようにしている。
その森は明治神宮だったり、代々木公園だったりだが、
そろそろもっと深いところにも行きたくなった。
ひさびさに高尾山に行こうかな。
ラベル:映画 河瀬直美
posted by えいはち at 19:06| Comment(4) | TrackBack(17) | CULTURE | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんにちは。

>此岸と彼岸を自由に行き来しているような映画には、いつも深く感動させられる。
>タルコフスキー、アンゲロプロス、小栗康平らの作品

というのになるほど納得です。
タルコフスキー、アンゲロプロスの作品も大好きですが、映像の美しさだけじゃなくて、そういう感じも共通しているのですね。
Posted by かえる at 2007年07月17日 15:30
かえるさん、ご訪問ありがとうございます。
僕が一番大事に思っていることに納得いただき、嬉しい限りです。
此岸と彼岸の自由な行き来は、映画という魔法のような表現手段でこそ可能なことだと思います。映画芸術の到達した素晴らしい成果かもしれません。
小栗康平監督の映画を見たとき、同時代の同じ国にこんな映画作家がいたなんて! と、狂喜しましたが、さらにもう一人、河瀬監督も遂にこの境地に達してくれました。
Posted by えいはち at 2007年07月17日 16:27
TBありがとう。
高尾山も裾野付近は、観光地丸出しだけど、奥まったあたりには、なにか、精霊の気配のするような場所が保存されていますね。
Posted by kimion20002000 at 2007年11月29日 05:32
ご訪問ありがとうございます。
そうですね。奥高尾から陣馬山への縦走路などは、都会生活者が森を感じるには充分な奥深さを残すところでしょう。でも、今年は結局行けずに冬になってしまいました。
Posted by えいはち at 2007年11月29日 09:21
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