拙い言葉であの感動を表現するのは無理と判っているが、
何でもいいから書いておかねば、との思いだけは強いので、
年代順に1作ずつ綴っておこう。
1981年の第1回監督作品「泥の河」。
昔からなんとなく名前は知っていたが、「砂の器」と混同していたかもしれない、
恥ずかしながら、そんな程度の認識しかなかったくらいで、
「眠る男」から小栗作品を見始めた僕は、今回が初見となった。
その後の小栗作品に見られる特色、
彼岸と此岸の自由な行き来はここではまだ顕れていない。
今回、上映後、監督のトークショーという嬉しいオマケがあったが、
これ以降の作品は「いかにして『泥の河』から離れられるか」、と監督自身が語るよう、
「泥の河」的作風はもはや小栗作品には見ることができない。
例えて言うなら、
「道」などネオレアリズモの作品から「8 1/2」のようにブッ飛んだ作品へと移行した、
フェリーニと通じるのではないのかとも思った。
そのネオレアリズモと同時代、昭和31年の大阪が舞台。
モノクロ作品ということもあり、1980年代の作品ということが奇異に思える。
小津安二郎、溝口健二、成瀬巳喜男らと同時代の作と言われても頷いてしまうかもしれない。
そしてそれらの名匠らの作品と比べても遜色はない。
日本映画の伝統を受け継ぐ名作だろう。
前述のトークショーの対談相手、
「ナージャの村」、「アレクセイの泉」の監督で写真家の本橋成一さんも言っていたように、
小栗監督には「泥の河」の作風に戻ってきて欲しいと思っている人々は、
特にこの映画を公開時に見た世代を中心に、多いことだろう。
それには僕も興味がないわけではないが、
現在の作風もそれ以上に素晴らしいと僕は思うので、
小栗監督には振り返らず、宇宙の彼方にまで飛んでいって欲しい。
しかし、数年に1本で良いから、日本映画にはこのような作品が必要だとも思う。
後に続く映画人に期待したい。
内容について、なかなか湧いてこない言葉を搾り出してみよう。
子役達の素晴らしい演技によって、
昨年見たオムニバス映画「それでも生きる子供たちへ」でも感じた、
オトナ界とコドモ界の間に横たわる境界の存在が、ひしひしと伝わる。
噂に聞いていた加賀まりこの美しさ。
前半は声だけ聞かせ、かなり引っ張った後の登場という心憎い演出。
妖艶すぎて、溜息。
脇を固める役者の存在感。
2作目でも同じ1シーンのみの出演だった殿山泰司が特に光る。
父親・田村高廣、警官・蟹江敬三、子供の絡みは、
まさにトリオ漫才、大阪のノリでユーモラス。
ラストの唐突な別れ。
姿の見えない友達の名前を叫ぶ子供。
「禁じられた遊び」のラストにも匹敵する切なさに涙が溢れた。





いないけれど、ああ、いい映画を観たなぁと思った
記憶はあります。大阪の、あの場所の独特の雰囲気は
印象的でした。
TVでもやってくれないかなぁ。
ほんとにそうですね。たまには放映してくれたらいいのにと思います。
昔、テレビ東京で深夜に「日本映画名作劇場」ってやってたんですけどね。
今はどうなのかな。
公開時に見られたというのはすごいですね。
最近の昭和30年代再現映画と言いますと、ALWAYSとかだと思いますが、上映後のトークショーで監督も触れていました。
「泥の河」はノスタルジーだけの作品にはしたくなかったというようなことを仰っていたと思います。